アムネスティの始まり

1961年のある朝、英国の弁護士ピーター・ベネンソン(1921年7月31日―2005年2月25日)は、一片の新聞記事に目を奪われました。それは、当時軍事政権下にあったポルトガルで、学生二人がカフェで「自由のために!」と乾杯したために逮捕され、7年の刑を受けた、という記事でした。

その記事に強い衝撃を受けたベネンソンは、1961年5月28日、英国の「オブザーバー」紙とフランスの「ルモンド」紙に投稿記事を掲載します。題して「忘れられた囚人たち」。記事は当時、東側、西側そして第三世界の各国で、政府との意見の違いで囚人となっていた6人のことを取り上げました。軍や警察、国家権力によって自由を奪われ、人びとの記憶から消されてしまう人びと。だがそうした人びとを忘れずに、声を上げ続けていく世界規模の市民運動があれば.....記事は読者たちにそう呼びかけたのです。

「いつの新聞を開いてみても、世界のどこかで誰かが、意見や信仰を政府から認めてもらえないために、投獄され、拷問を受け、処刑されているという記事を目にする......そして読者は、うんざりするような無力感をおぼえる。しかし、人権侵害に対するその嫌悪感を、世界中の人びとがひとつの行動へとつなげることができれば、必ず何らかの効果をもたらすことができるにちがいない....」 e0216260_1051113.jpge0216260_10522919.jpg「忘れられた囚人たち」より

by koci50 | 2017-07-09 21:45 | Amnesty について